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12.傾斜温度制御の原理と金型温度面内均一化の事例

今村隆司、南野郁夫

1.はじめに

近年、包装機や成形機などの熱処理装置において、熱処理の高品質化が強く要請されている。その一つに、点における温度制御のみならず面および線における温度の均一化がある。これに対して、複数のヒータやセンサを用いて加熱面を適切に分割し、きめの細かい温度制御を行うことが考えられる。しかし、複数のヒータによる熱の干渉系は、熱伝導・伝達などの非線形性、むだ時間、アプリケーションによる被加熱体の大きさや材質、またはヒータの配置や加熱条件などが変わるため、従来の1入力1出力の簡易温度調節器での対応が容易ではない。この問題を解決する制御方法として傾斜温度制御TM:GradientTM Temperature Control (以降GTC)は開発された。
この制御方式をヒータ干渉が課題となる精密成形金型の温度制御に適用し、良好な結果を得たのでここに紹介する。

2.多点制御について

2.1 多点制御の必要性

半導体や液晶に代表される微細加工の製造プロセスでは微細化が進むにつれ、より細かく温度を制御することが求められる。
ヒータによる金属の加熱を考える場合、ある平面に対してより均一な温度分布を確保するためには制御点をより細かく制御する必要がある。
図1はある熱板にヒータを1枚取り付けた図である。ヒータは熱板の底面中央付近に取り付けられており、ヒータの熱は熱板内部を伝導し、熱板の表面に伝わる。

図1 熱板へのヒータ1枚取り付け

このとき、熱板表面はヒータが取り付けられている中央付近(横軸50mm付近)の温度が高く、中央から離れるほど温度が下がる。熱板の材質や熱伝導率、あるいは外気温度などによりその分布は異なるが、一般的には図2のような温度分布をしている。図2は縦軸に熱板の表面温度、横軸は熱板表面左端からの距離を示す。ヒータが中央に取り付けられているため中央付近の温度が最も高く、両端に近づくにつれ、温度は下がる。

図2 ヒータ1枚取り付け時の熱板表面温度分布

つぎにこのヒータを図3に示すように2 枚取り付けるケースを考える。取り付け位置は左から20mm、80mmの箇所とする。

図3 熱板へヒータ2枚取り付け

このとき、熱板表面の温度分布は単純に図2のグラフを重ねた形ではなく、2枚のヒータ出力の和として、中央付近が盛り上がる形状となる。
図4に表面温度分布の状態を示す。波線でプロットしているのはヒータ1枚ずつの温度分布で、20 mmと80mmの位置を頂点とする山が2つ描かれている。
中央付近は山が重なっており、両側のヒータから加熱される。この結果、両側のヒータ出力の和が温度に表れる。その結果、実線の様な温度分布となる。これは図2のヒータ1つで得られる温度分布よりバラツキが少ない温度分布である。

図4 ヒータ2枚取り付け時の熱板表面温度分布

2.2 多点制御における干渉課題

2.1 で述べたようにヒータを多点化することでよりフラットな温度分布を得ることができる。このように干渉させることで分布をフラット化させる効果がある。しかし、その一方でこの干渉が制御安定性の課題となる。

2.2.1 干渉による揺れ

制御対象が干渉している制御系では、他の制御チャネルのヒータ出力が外乱として作用する。そのため、互いの出力は干渉しあい、ハンチングなどを起こすことがある。

2.2.2 オートチューニング

リミットサイクル法ではch 間の出力が干渉して応答波形が歪む。この結果、PID 算出に使用される振幅・ハンチング周期に誤差が生じる。

3.傾斜温度制御について

3.1 傾斜温度制御の特徴

図5に従来のPID 制御を、図6に傾斜温度制御をそれぞれ干渉する制御対象に適用したブロック線図を示す。図6の傾斜温度制御ではPIDの前後にそれぞれ「モード変換器Gm」と「前置補償器Gc」が取り付けられている。

図5 従来のPID 制御。

図6 傾斜温度制御。

3.1.1 モード変換

GmとGcはそれぞれ下記のように定義される。Gmは干渉する2chの温度を互いに独立な平均温度と差温にモード分離する。図7に示すとおり2ch間の差温は各chの温度勾配の事であるのでこれを傾斜温度と呼び、これを制御することで多点温度の均一化を目論む制御を傾斜温度制御と呼ぶ。

図7 平均温度と差温(傾斜温度)

3.1.2 干渉を考慮した調整

傾斜温度制御を搭載する温度調節器には傾斜温度制御専用のチューニングシーケンスが搭載される。1chずつ逐次出力を印可する方式をとっており、干渉の影響を受けにくい。この方式をGT(GTC Tuning)と呼んでいる。

4.レンズ成形金型の温度制御

従来はガラスを材料としていたレンズを、最近ではプラスチック材料で製造するようになった。レンズ成形は微細加工としての精度を求められ、金型の温度制御も重要な項目となる。特に多数個取りの金型におけるキャビティ間の温度差は、均一であることが望まれる。

4.1 プラスチックレンズの高品質化

レンズは光学素子として使用されるため、外観上の寸法精度などはもちろん、光学的な性能が高く要求される。特に問題となるのは複屈折と呼ばれる現象で、レンズ成型時の残留応力が影響する。射出成形では加熱することで樹脂を溶かし、金型に射出し冷却することで成形する。この際、金型位置により温度がばらついたり、成形サイクルを繰り返す際の温度応答がばらついたりすると、複屈折のために光学特性に影響する。

4.2 コストダウン

新モデルの携帯電話に取り付けられるカメラは高精細化が求められる一方、旧モデルでは大幅なコストダウンを必要とする。このため旧モデルではガラスを使用していたレンズをプラスチックに変更し、同等の性能が求められる。

4.2.1 多数個取り

一つの金型で複数の成型品を作成するいわゆる多数個取りの金型はコストダウンに大きく貢献する。図8に一例を示す。樹脂は金型の中央より注入され、放射状に流れる。

図8 多数個取り金型

4.2.2 横型成形機

金型が左右に開くタイプの成形機で、金型は図9に示すとおり、垂直に立てられた状態で取り付けられる。

図9 横型成形機の金型取り付け方向

5.レンズ金型の課題

前述したようにレンズ成形は品質とコストが同時に求められるために、安価なシステムで品質を上げることが求められる。

5.1 ヒータ配置

金型へのヒータ取り付けは各種あるが最も安価で取り扱いが容易なのが図10の方法である。金型の周囲にプレート式のヒータを4枚取り付け、これを直列に接続する。つまり、周囲から均等に加熱する方式である。

図10 従来の金型へのヒータ取り付け(1chシステム)

5.2 温度分布

図10の1chシステムの温度分布を調べる。まず図11に示すように金型の表面に黒体スプレーを塗布する。通常、金属表面は放射率が低く、放射型の温度計測に適さないためである。塗布後、昇温しサーモビュアで撮像すると図12に示すように表面の温度分布が把握できる。図より明らかなとおり、金型の上部が高く、下部が低くなっていることがわかる。この結果、波線で描く円周上の温度が均一とならず温度差が出ていることがわかる。

図11 黒体スプレー塗布 図12 サーモビュアで撮像

5.3 外乱

射出成形金型の温度を考える場合に、その工程上2 つの外乱が必然的に発生する。

5.3.1 型開閉

図13に示すとおり、金型は開閉する。金型の温度は成形条件によるが、レンズの場合は100℃以上になり室温よりも高い。型が閉じたときは空気が追い出され、100℃近い向かいの金型が密着する。型が開く時にはこれとは逆に接触していた向かいの金型の代わりに外気が流入する。
外気流入が外乱となり金型の表面温度を揺らす要因となる。

図13 型開閉外乱図13 型開閉外乱

5.3.2 樹脂注入

図14に示すとおり、射出成形では金型温度よりも高い温度で溶かした樹脂を金型で冷却する工法であるので、樹脂が充填されると、樹脂充填は金型の表面温度に対して外乱として作用する。

図14 樹脂注入外乱

6.均一化の取り組み

図8に示すとおり、キャビティは中心から放射状に配置されるので、このキャビティ間差をなくす必要がある。そのため、図12に示すような温度分布を均一化させることに取り組む。

6.1 ヒータの分割制御

まずは上下方向で異なる加熱をさせるため、ヒータを分割する。各辺のヒータ1枚を3分割し、コーナの2枚を1組にする図15に示す方式を採用する。

図15 1ch システムを分割し、8ch システムにする。

6.2 チューニング

図15の8chシステムを使用する場合、2.2.2で述べた干渉によるチューニングの課題が発生する。

6.2.1 リミットサイクル法でチューニング

図16は図15の8chシステムで、8ch 同時にリミットサイクル法を用いてATをかけた際のトレンドグラフである。8chすべてを表示すると煩雑になるため、D、E、F のヒータのみの現在温度と操作量をプロットしている。D、F の温度波形が正弦波のような綺麗な波形であるのに対し、E の波形が歪んでいるのがよくわかる。図15に示すとおりD、Fの箇所はくの字型のヒータ構造となっておりEの2倍のヒータが取り付けられている。これらのヒータによって両側から炙られるため、その干渉によりリミットサイクルの波形が歪んでしまっている。
最終的に、この歪みがPIDの算出結果及び、そのPIDによる制御結果、更にはその制御結果が製品品質に与える影響度はケースバイケースになり一概に性能の優劣を断定できないが、制御性能が不安定となる要因の一つであることは間違いない。

図16 8chシステムのチューニング波形の干渉

6.2.2 干渉を考慮したGTによる調整

GTでは各chを一つずつ逐次ONさせるため、ch間の干渉が波形に影響しない。
図17に示すのはGT時の温度波形と操作量の様子である。1、2、3chは図15のA、B、Cの意味であり時計回りに順番にヒータをON させている。このときの各chの温度波形から、パラメータを調整する。一つずつのヒータしかONしないので、干渉による温度波形の歪みは発生しない。

図17 GT 時の温度波形

6.3 制御
6.3.1 立ち上げ

まず図10の1chで周辺から均等に加熱するヒータシステムでの昇温トレンドを図18に示す。このとき、制御点は1つしかないので、制御用のセンサを金型の中心部分に取り付ける。8chシステムとの比較のために、図15に示すAからHのセンサによる計測を同時に行う。グラフスケールの関係で読みとりにくいが、グラフの右端で温度は整定している。このとき、計測しているAからHの箇所では最大10℃程度のバラツキが生じている。

図18 1chシステムによる昇温

つぎに図19に示すのは図15の8chヒータシステムをそれぞれ独立したPIDで制御した時の昇温波形である。このときのPIDは図16に示した歪んだ波形でのAT結果を使用している。図より、立ち上げの昇温波形はバラツキがみられるものの、グラフの右端の整定した状態ではAからHの温度差はほぼなくなっている。

図19 8ch PID システムでの昇温波形

図20は傾斜温度制御での昇温波形である。昇温途中の過渡波形も揃っていることがわかる。

図20 8ch ヒータを傾斜温度制御で昇温

6.3.2 外乱応答

つぎに整定した状態から外乱を印可する際の応答性を比較する。外乱は1分間のヒータ電源断を実施するものとする。なお、比較は図15の8chシステムのみを対象とし、これを傾斜温度制御で制御した場合と、PID で制御した場合の比較を行う。
図21に応答波形を示す。横軸は昇温からの経過時間を示している。Eのchが先に温度復帰している様子がわかる。

図21 PID制御による外乱応答波形

図22は傾斜温度制御を用いた際の応答波形である。図21に比べて各chの温度が揃っているのが見て取れる。

図22 傾斜温度制御による外乱応答波形

7.終わりに

本稿では傾斜温度制御を金型の温度制御に適用した事例を紹介した。傾斜温度制御で多ch制御システムを制御する場合には、整定した状態で温度を揃えることが出来る事はもちろん、昇温途中や外乱応答などの過渡応答時にも温度が均一化する事例を紹介した。
射出成形のように定期的に外乱が印可される製造プロセスでも高い均一性の温度分布を提供することが可能である。今後は同じ樹脂成形である押出成形などにも、適用を試みていく。

参考文献

  • 南野郁夫、田中政仁、松永信智、川路茂保:温度均一化を目的とする傾斜温度制御法の開発、電気学会論文誌、122-C-11、1954/1960 (2002)
  • 松永信智、川路茂保、末永祥健、南野郁夫、田中政仁:熱干渉系に対する傾斜温度制御の概念、第4回SICE システムインテグレーション部門(SI 部門)講演会、東京、1152/1153 (2003)
  • 今村隆司、山根恭二:傾斜温度制御を用いた金型温度面内均一化の事例紹介、プラスチックス、58-6、151/153(2007)
  • 今村隆司、山根恭二:金型温度面内均一化のための制御技術、プラスチックエージ、53-648、82/86 (2007)