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11.金型温度面内均一化のための制御技術
「傾斜温度制御」とPID制御の過渡応答特性の比較検討結果

今村 隆司、山根 恭二

1.はじめに

弊社では「簡単で高品質な温度コントロール」を目指して製品・技術の開発を行っている1)。弊社が開発した技術の一つに「傾斜温度制御TM」2)(以下、TMを省略)がある。これは、もともと半導体製造装置の熱板の温度分布を安定化するために適用された技術であるが、これを幅広い用途に活用して頂けるよう汎用機<形EJ1> 3)への搭載を行った。(傾斜温度制御搭載は形<EJ1G> )。これを射出成形金型の温度制御に適用した結果、良好な結果が得られたことから4)更に検討を進め、外乱応答などの過渡応答などについて、従来法であるPID制御との比較を行った。本稿では「傾斜温度制御」の原理を簡単に紹介するとともに、従来法であるPID制御との比較を温度外乱応答の観点から行った結果を紹介する。

2.温度の制御アルゴリズム

1.1「PID制御」とは?

金型に限らず、広く温度コントローラと呼ばれる装置が搭載しているのは「PID制御」という制御アルゴリズムである。制御偏差に対して、比例(Proportional)・積分(Integral)・微分(Derivative)演算を行うことで操作量を算出することから、PID制御と呼ばれている。

1.2PID制御での熱干渉

PID制御の問題点として、多点制御における「干渉系」の問題がある2)。図1は二つの独立したPID制御ループ(以降、2chと呼ぶ)を用いて一つの対象を制御する場合のブロックダイアグラムである。例えば、熱板などのように平面を均一に加熱する場合がこれに該当するが、一つのchのヒーターからの熱伝導は他のchのセンサにも届くため、互いのヒータが干渉し合い制御が安定しない現象が発生する。

1.3傾斜温度制御とは?

図2は「傾斜温度制御」を図1と同じ2chの干渉系に適用したブロックダイアグラムである。図1との違いはPID制御の前後にそれぞれ「モード変換器」と「前置補償器」を設けたことである。「モード変換器」の「モード」は機械工学の振動解析などに用いられるモード変換を行う装置を意味しており、「傾斜温度制御」では図3に示す下記のモードに変換を行う。

すなわち、
<<数式1>>
<<数式2>>
つまり、「傾斜温度制御」の「傾斜」とは、干渉系の各ch温度の差温を意味している。各モードは独立系であるため、非干渉となり、PID制御が適用できる。各PID演算により得られた操作量は「前置補償器」すなわちモード逆変換を行い、操作端に出力される。前置補償器は干渉行列と呼ばれる干渉度合いを表すパラメータより構成される。

図1 PID制御を2chで使用する場合
図1 PID制御を2chで使用する場合

図2 傾斜温度制御を2chで使用する場合
図2 傾斜温度制御を2chで使用する場合

図3 傾斜温度制御のモード
図3 傾斜温度制御のモード

3.制御特性の比較

2.1テストシステム

PID制御と傾斜温度制御の特性を比較する対象として、射出成形機の金型を取り上げる。精密成形を行う場合、金型の温度は重要であるが、実際には、成形品単価と設備コスト・生産コストとのバランスが必要である。今回の比較では図4に示す低コストのシステムを対象とした。4) ch数は8で、正方形の金属板上のA~Hと名付ける位置に温度センサを取り付けた。

図4 テストシステム
図4 テストシステム

2.2制御パラメータの設定

PID制御、傾斜温度制御のいずれの方式においても、PIDなどのパラメータ調整(チューニングとも言う)を必要とする。PIDのパラメータ同定はいろいろな手法があるが、今回はそれぞれ下記の方法にて調整を行った。

(1)PID制御
EJ1Gに搭載されているAT(AutoTuningの略)機能を使用する。これはリミットサイクル法によるオートチューニングで、100%/0%の操作量印加により発生する温度波形より算出する。制御システムは8chなので、システム起動と同時に、全8chのオートチューニング機能を起動する。この場合、リミットサイクルは互いに干渉し合うためパラメータが最適値となるかどうかは議論の余地があるが、その点も比較対象の範疇と考え、そのまま使用することにした。

(2)傾斜温度制御
EJ1Gには傾斜温度制御用の調整機能GT(GradientTuning)が搭載されている。こちらは起動と同時に1chごと、操作量を印加して干渉度合いも調整パラメータとして算出する。このGT結果をパラメータとして使用する。

(3)検証方法
図5はテスト条件を示す。室温から150℃に昇温し、各chが整定するのを待つ。その後、外乱として1分間の電断(全chヒータ電源を切る)を行い、電源投入を行って、再び整定させる。図4の制御対象の無駄時間は約1分である。

図5 テスト条件
図5 テスト条件

4.テスト結果

3.1昇温特性

図6,7はそれぞれPID制御、傾斜温度制御を用いた制御結果である。グラフには立ち上げから、外乱応答までプロットした。外乱応答による温度変化は1℃程度であったため、グラフ上からは読みとれないため、別途拡大して比較することにした。
ここでは昇温特性の比較を行い、下記の差異を取り上げることとする。

(1)chの均一度
グラフの温度スケールに対してばらつき幅が小さいので見にくいが、図6では昇温が進むに連れてA~Hの温度がばらついていくのが分かる。グラフからは読みとれにくいが、ばらつき幅は7℃程度である。図7の傾斜温度制御ではばらつきが確認できず、ほぼ1本の線になっている。ばらつき幅は1℃程度である。

(2)オーバーシュート
次の点はオーバーシュートである。図6の20~40分の区間でいったん、制御温度の150℃を超えてしまっているのがわかる。それに対して図7の立ち上げ波形ではオーバーシュートなく、目標温度に整定している。

(3)立ち上げ時間
立ち上げ時間は図6のPID制御が30分程度であるのに対して、図7の傾斜温度制御では60分程度要している。パラメータの調整より短縮可能であるが、本稿ではこのままとする。

図6 PID制御での立ち上げ特性
図6 PID制御での立ち上げ特性

図7 傾斜温度制御での立ち上げ特性
図7 傾斜温度制御での立ち上げ特性

3.2外乱応答特性

図8,9はそれぞれPID制御及び、傾斜温度制御による外乱応答波形である。図6,7を部分拡大したものである。温度の揺れ幅自体は顕著な差異がなく、PIDでは若干振動気味であるが、傾斜制御に比べると整定時間は短くなっている。しかしながら温度の均一度、すなわち各chが同じ温度となっているかどうかという観点で見る場合、立ち上がり特性同様、傾斜温度制御の方がばらつきが小さくなっている。

図8 PID制御での外乱応答波形
図8 PID制御での外乱応答波形

図9 傾斜温度制御での外乱応答波形
図9 傾斜温度制御での外乱応答波形

5.考察

4.1差温特性への表示

外乱応答特性の均一性を更に詳細に確認するため、図8,9の温度波形を拡大したものを図10,11に示す。図8,9との違いは下記のとおりである。

(1)D,E,Fの3点のみをプロット
干渉度合いを分かりやすくするためD,E,Fの3chの温度をプロットした。図4における制御対象の下部3点に当たる。EchはD,Fからの干渉を受けることが分かる。

(2)操作量の波形を追加
PID制御と傾斜温度制御の制御動作を見るため、各chの操作量も示した。合計6本の線が各グラフにプロットされているが、D,E,Fと示されたグラフ上部の3本が温度を示し、DMV,EMV,FMVと示されたグラフ下部の3本が操作量を表している。

4.2差温特性グラフの解析

図10のPID制御では63分付近でEの温度がD,Fの温度からずれているのかわかる。これに対して、図11の傾斜温度制御ではD,E,Fの各点がほぼ同じ温度に制御されている。この波形の違いを生んでいるのが操作量で、図10ではEMVすなわち、Eのchの操作量が大きく振動しているのに対して、図11ではほとんど上下していない。これは傾斜温度制御があらかじめE点はD,F点の干渉を受ける度合いをパラメータとして持ち、これを制御に適用していることによる。

図10 PID制御-外乱応答の差温特性
図10 PID制御-外乱応答の差温特性

図11 傾斜温度制御-外乱応答の差温特性
図11 傾斜温度制御-外乱応答の差温特性

4.3干渉行列とその役割

干渉行列は傾斜温度制御のチューニング(パラメータ同定の意味)方法として<形EJ1G>に搭載しているGTと名付けたシーケンスにより計測する。GTは起動すると、1chごとにステップ操作量を発生し、各chのセンサの温度上昇を観測する。これを全chについて実施し、これにより各ヒータ出力が各センサにもたらす干渉度合いを表す「干渉行列」を算出する。表1は今回の制御対象で算出された干渉行列である。規格化された値で単位ない。今回の例では行列の対角項(AA,BBなど)の数値が大きく、対角項から外れるに従い小さくなっているのがわかる。図4のヒータ・センサ配置より、各ヒータ・センサの距離が離れれば干渉の影響が小さいことによる。

4.4干渉度合いの把握方法

図12は表1をエリアグラフにプロットした結果である。横軸は各chで、縦軸は干渉行列の数値の和であるす。この数値自体に物理的な意味はないが、グラフを積み上げ表示にすることで、各chがどのchからどの程度影響を受けているか一覧できる。図10,11で取り上げたEchを点線で囲んで示した。Eという自己chの成分に加えて、F,Dのchの影響を受けていることがよく分かる。傾斜温度制御ではこの比率を干渉行列としてあらかじめ把握しておくことで、図11の様な制御を可能としている。

図12 干渉行列のグラフ表示
図12 干渉行列のグラフ表示

表1 GTによる干渉行列
表1 GTによる干渉行列

6.結論

5.1制御アルゴリズム

今回の検討では、射出成形の金型温度を対象に、PID制御と傾斜温度制御の特性比較を行った。特に過渡応答を取り上げ、傾斜温度制御が従来のPID制御に対して過渡応答状態でも温度の面内均一性を確保することが確認できた。一方で、整定時間の点ではPID制御が優位な結果となった。

5.2射出成形金型への適用性の観点

金型の温度管理では温度のばらつきはそのまま品質のばらつきとなる。微妙な温度のズレが樹脂の流動性に影響するし、成形品の残留応力のバラツキも問題となる。また、成形工程の樹脂射出、型開き、製品取り出し工程はそのまま温度外乱となるため、射出成形では外乱を前提とした制御が求められる。この観点から傾斜温度制御は金型の温度管理には非常に有効な制御方法であると考えられる。今回の傾斜温度制御ではGTという自動調整機能の算出結果をそのまま使用したが、これを更に調整することで温度均一性を確保しながら、立ち上げ時間を早める方向で改善していく方法を今後、検証したいと考えている。

7.今後の取り組み

  • 冷却プロセスへの適用
    成形金型の温度管理は一定温度にするだけでなく、樹脂充てん後冷却を必要とする場合がある。特に大型の成型品や厚みのある成型品がこれに該当するが、この際に残留応力の均等化の観点から冷却温度の均一化が重要となる。この観点からの適用性について検討していく。
  • 立ち上げ時間に注目した調整
    今回は均一性重視の調整を行っているが、均一性をある程度保持し、立ち上げ時間を改善する調整も可能であり、調整方策を適用事例から検討していく。
  • 金型取り付けに配慮した温度センサ、ヒータの検討
    多点センサ・ヒータを金型に取り付ける差異の課題と解決策など。
  • 媒体制御(油・水)への適用
    広く使われている媒体制御との比較検討。
  • 傾斜温度制御の簡易調整
    パラメータの簡易同定に関する検討に関する検討。

参考文献

  • 南野郁夫ほか、”温度均一化を目的とする傾斜温度制御法の開発”、電気学会論文誌C, 122-C, [11], 1954(2002)
  • 田中均ほか、”傾斜温度制御法を搭載した温度調節器形EJ1の開発”、OMRONTECHNICS, 47, [1], 151(2006)
  • 今村隆司ほか、”傾斜温度制御を用いた金型温度面内均一化の事例紹介”、プラスチックス, 62, [6], 151(2007)