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7 傾斜温度制御法の開発
“温度差を制御する”という新しい概念を盛り込んだ制御手法に
ついて

南野 郁夫、安藤 功策、田中 政仁、成松 聖也

Development of Gradient Temperature Control Method
Temperature Control Method with New Concept of Controlling
Temperature Differences

Ikuo Nanno, Kosaku Ando, Masahito Tanaka, Seiya Narimatsu

近年、包装機や成形機などの熱処理装置において、熱処理の高品質化が強く要請されている。その一つに、点における温度制御のみならず面及び線における温度の均一化がある。これに対して、複数のヒータやセンサを用いて加熱面を適切に分割し、きめの細かい温度制御を行うことが考えられる。しかし、複数のヒータによる熱の干渉系は、熱伝導・伝達などの非線形性、むだ時間、アプリケーションによる被加熱体の大きさや材質、またはヒータの配置や加熱条件などが変わるため、従来の1入力1出力の簡易温度調節器での対応が容易ではない。

この問題に対して、筆者らは、面及び線の温度分布を均一化するために、PID制御をベースとした温度の傾斜・平均制御系を新たに構築し、「傾斜温度制御法」と名付け、その有効性についてシミュレーション結果を報告した。その後、熱干渉のある多点の制御対象を試作し、傾斜温度制御法による目標値応答での過渡的均一性の改善に対する有効性を実験検証し報告した。

本稿では、多点温度調節器に搭載予定の「傾斜温度制御法」の原理と外乱応答の観点も含めた過渡的均一化効果を実験データを用いて紹介する。

1.まえがき

近年、包装機や成形機などの熱処理装置において、熱処理の高品質化が強く要請されている。その一つに、点における温度制御のみならず面及び線における温度の均一化がある。これに対して、複数のヒータやセンサを用いて加熱面を適切に分割し、きめの細かい温度制御を行うことが考えられる。しかし、複数のヒータによる熱の干渉系は、熱伝導・伝達などの非線形性、むだ時間、アプリケーションによる被加熱体の大きさや材質、またはヒータの配置や加熱条件などが変わるため、従来の1入力1出力の簡易温度調節器での対応が容易ではない。

この問題に対して、筆者らは、面及び線の温度分布を均一化するために、PID制御をベースとした温度の傾斜・平均制御系を新たに構築し、「傾斜温度制御法」と名付け、その有効性についてシミュレーション結果を報告した。1)その後、熱干渉のある多点の制御対象を試作し、傾斜温度制御法による目標値応答での過渡的均一性の改善に対する有効性を実験検証し報告した。2)

本稿では、多点温度調節器に搭載予定の「傾斜温度制御法」の原理と外乱応答の観点も含めた過渡的均一化効果を実験結果を用いて説明する。

2.構成

2.1 全体構成

今回開発した制御手法の制御系のブロック線図を図1に示す。この制御系は、制御対象と温度調節器からなっている。温度調節器は、PIDコントローラとモード変換器と前置補償器から構成されている。モード変換器及び前置補償器はn×nの行列である。nは制御対象のch点数である。


図1傾斜温度制御法のブロック線図 
図1傾斜温度制御法のブロック線図

2.2 狙い

本制御手法の狙いを以下に示す。

  • 目標値応答時の過渡的均一化
  • 外乱応答時の過渡的均一化

過渡的均一化とは、一時的な温度の乱れが生じたときでも、複数の温度センサによる計測値の最大値と最小値の温度差が十分に小さい値にできること、または温度差が瞬間的に増加することがあっても短時間に収束することである。今回は後者の短時間に温度差が収束することを狙いとした。

3.課題

従来の多点温度制御系の課題を説明する。

3.1 制御対象

多点温度制御の制御対象の例として図2に示すような包装機や図3に示すような成形機がある。

図2 包装機の概観
図2 包装機の概観

図3 成形機の概観
図3 成形機の概観

3.2 従来の温度調節器

図4 多点温度調節器の例
図4 多点温度調節器の例
形E5ZE

このような多点の温度制御の制御対象に対して図4のような多点温度調節器形E5ZEなどが用いられている。

3.3 従来の温度制御方法

図5 従来制御のブロック線図
図5 従来制御のブロック線図

通常の多点の制御方法は図5に示すように各点で独立なPID制御である。最も簡単な多点の例として2点の温度制御のブロック線図を示す。このような方法でも定常的な均一性は十分な特性が得られていた。定常的な均一性とは、目標値の変更や外乱の影響による温度変動が十分に収束したときの多点の温度差である。定常的な均一性は、積分機能により定常偏差が小さくなるように制御されているため十分な特性となっている。

3.4 過渡的不均一性の課題

図6 面上の熱処理装置
図6 面上の熱処理装置

図7 製品に転写される不均一性
図7 製品に転写される不均一性

しかし、熱処理の高品質化の要求から今までの制御方法では過渡的な均一性に不十分な場合が生じてきた。

例えば包装機の場合、シーラの過渡的な温度分布の不均一性が原因で、シール不良が起こる可能性があった。特に大面積のシーラとフィルムを密着しフィルムをシールするとき、全面が均一に温度低下するのではなく、熱容量や放熱構造の違いなどにより温度低下と温度の復帰の波形は同一ではない。その位置による応答波形の違いがフィルムの熱処理の程度の差となり、歩留り問題の原因の一つになっている。成形機についても加熱筒の直線状の均一性と成形品質の関係が議論されている。

過渡的不均一状態発生のメカニズムを簡単に説明するため、面上の熱処理装置を一般化した例を図6に示す。加熱板の外側が枠に固定されている場合、外側は内側よりも大きな熱容量になっている。このような加熱板に製品を押し当てると全面から製品に同じ熱量が奪われるにもかかわらず、外側の温度低下の量は小さいため、図7に示すように内側と外側で加熱板の温度差が過渡的に生じる。その加熱板の温度差が製品に転写され、製品の面内温度の不均一性になる。

4.技術内容

4.1 傾斜温度制御法の考え方

図8 温度の平均と傾斜 図8 温度の平均と傾斜

仮に図8に示す温度特性を有する熱干渉系を考える。従来のPID制御手法の適用においては、2点X1、X2における温度を制御量としてそれぞれ独立に制御されるが、熱容量、熱抵抗の違いや周辺領域との干渉を考慮することなく動作するので、面の温度分布は不均一にならざるをえない。これに対し、2点間の温度平均値と傾斜温度を制御量として制御するのが、提案する「傾斜温度制御法」である。

図1が傾斜温度制御法を適用したブロック線図である。モード変換器で温度センサ情報から平均温度と傾斜温度を求め、これらを制御量としてPID制御を行い、前置補償器で再度分解し、各ヒータを動作させる。このような構造により、熱容量や熱抵抗の違いと各ヒータ間の干渉を考慮した設計が可能であり、ヒータ温度を協調させ、積極的に面内の均一化を図る制御ができる。

モード変換行列 Gm は各ヒータ温度を平均温度と傾斜温度に変換する行列であり、全温度センサ情報の平均が平均温度で、各温度センサ情報の温度差情報を傾斜温度としている。なお、温度差情報を制御量とするこの制御方法は我々が初めて試みた方法で、傾斜温度制御法の特徴である。多点温度制御の中で操作量を加工して干渉のある制御対象を非干渉化する非干渉化制御は従来からあった。しかし、複数の温度信号を加工し温度差などの信号を作り、その信号を制御量とする試みは今までには無かった。

制御対象を Gp とするとき前置補償器 Gc

Gcf ( Gm , Gp )
で決定される。ここで、f は、傾斜温度の操作量の変化に対して傾斜温度だけが反応し、平均温度への反応は小さくなるように、また逆に平均温度の操作量の変化に対しては傾斜温度への反応が小さくなるように操作量を分解する行列計算である。

傾斜温度制御法を用いる場合は、傾斜温度の目標値を0に設定することで、各ヒータの温度を均一にしながら平均温度は目標設定温度に追従させる制御が可能になる。また傾斜温度目標値として、0以外の値を設定することにより、積極的に温度差をもたせる部分的な加熱も可能となる。

4.2 傾斜温度制御法の効果の解説

図9 均一化効果のボートによる例え
図9 均一化効果のボートによる例え

傾斜温度制御法の効果を分かり易くイメージで捕らえられるようボートに例えて解説する。

池にボートを浮かべ、2人の人が岸に寄せようとした状態を想像して頂きたい。

船の前後で1人は舳先を他の1人がともを持ち岸に寄せようとする。そうすると図の(a)のように船はふらふら揺れる。このことを我々は経験的に知っている。それに対して、船の中心辺りにひもをかけ、1人がそのひもを引き、他の1人が船を傾けないように横揺れを抑えたとする。そうすると図9の(b)のように安定した移動を行う。この例のように制御し難い構造から制御し易い構造への変換を行えば非常に安定した制御が行えるのである。船の中心を引っ張るのが傾斜温度制御法の平均の制御に対応し、横揺れを抑えるのが傾斜の制御に対応する。よって、傾斜温度制御法は制御し易い構造に変換し制御するため過渡的な均一化の効果を発揮できるのである。

4.3 温度プロファイル維持機能

また、この傾斜温度制御の面白い応用方法として、面内または線上の温度分布形状を維持する温度プロファイル維持機能がある。例えば図10に示すように10℃の温度差を保ちながら室温から温度上昇する目標値応答や図11に示すように、10℃の温度差を保ちながら外乱応答をすることも可能である。

図10 温度プロファイル(目標値応答)
図10 温度プロファイル(目標値応答)

図11 温度プロファイル(外乱応答)
図11 温度プロファイル(外乱応答)

5.成果

傾斜温度制御法の効果を実機で確認するため次のような実験用制御対象を作成した。

5.1 実験用制御対象

実験に用いた制御対象の概略を図12に示す。図中の熱伝導体の材質はアルミニウムで、大きさは長さ14cm×奥行き10cm×厚さ4mmであり、この熱伝導体の両端は棒状の部材で接地面に固定されている。そして、熱伝導体にセンサ(オムロン形E52-PT6D 1M)とヒータ(20W)が7対装着されており、チャンネル(CH)で表示されている。このような多入出力熱干渉系は従来制御法ではそれぞれのヒータ温度を均一に制御するのは困難で、特に過渡時や外乱印加時の温度ばらつきは顕著になる。(例えば、熱伝導体の中心のCH3は他のCHからの干渉が大きく、端付近のCHは接地面への熱伝導の影響が大きい)。このような温度ばらつきは、特に温度管理の厳しい製造現場においては、製品不良の原因となることも多く、この現象を再現することが制御対象に求められる仕様であり、試作した制御対象はその仕様を満足している。

また、外乱応答特性の計測用には、長さ24cm×1.5cm 角の外乱用アルミの棒を用いた。

図12 制御対象の構造
図12 制御対象の構造

図13 実験用制御対象の写真
図13 実験用制御対象の写真

5.2 温度調節器

実験に用いた温度調節器は、実験を目的に弊社多点温度調節器形E5ZEをベースに作成したものである。

5.3 過渡的均一性評価方法

このような面内温度均一化の要求に対して、従来制御手法と傾斜温度制御法をそれぞれ適用し、目標値応答特性と外乱応答特性を計測し、面内均一性の比較評価を行った。

面内均一性の良し悪しを判断する方法として、図14のように温度差が1℃以内に収まる時間を温度差収束時間と定義して、温度差収束時間が短いほど均一性が良いと評価した。

図14 均一化の評価方法
図14 均一化の評価方法

5.4 評価結果

図15 従来制御の目標値応答
図15 従来制御の目標値応答

図16 傾斜温度制御法の目標値応答
図16 傾斜温度制御法の目標値応答

図17 従来制御の外乱応答
図17 従来制御の外乱応答

図18 傾斜温度制御法の外乱応答
図18 傾斜温度制御法の外乱応答

従来制御の目標値応答波形を図15に、傾斜温度制御法の目標値応答波形を図16に示す。両図を比較すると、

  • 従来制御法では温度差収束時間が200秒だったのが、傾斜温度制御法では42%の83秒に改善されている。
  • 従来制御では、目標値変更直後温度差が大きくなり、徐々に差が縮まっていることが観察できる。それに対し、傾斜温度制御法は目標値変更の早い時点から温度差が小さく一本の線に近い状態になっている。

次に従来制御の外乱応答波形を図17に、傾斜温度制御法の外乱応答波形を図18に示す。両図を比較すると、

  • 従来制御法では温度差収束時間が144秒だったのが、傾斜温度制御法では43%の63秒に改善されている。
  • 従来制御では、外乱に対する応答波形が各CHでばらばらな挙動をしているのに対し、傾斜温度制御法では各CHの波形が外乱印加後 約50秒で一本の線のように集まる挙動が観察できる。
  • 従来制御で温度の復帰の速かったCH0が、傾斜温度制御法では温度復帰の遅いその他のCHが温度上昇するのを待って上昇する挙動があり、その結果温度差が縮まり均一になっている。

(3)は、傾斜温度制御法では上昇速度の速い周囲の温度が上昇速度の遅い中央に合わせて上昇速度を抑えるように動作している。つまり、速いものが遅いものに合わせるというCH間の協調的な作用が発生しており、その結果、目標値応答の過渡的な温度均一性で傾斜温度制御法が優れた結果を出せたと言える。このようにCH間の協調作用が発生する点が傾斜温度制御法の特徴であろう。

傾斜温度制御法は、温度情報をそのまま使用するのではなく、一旦温度情報を平均温度と傾斜温度に変換し温度差を意味する傾斜温度が0になるように積極的に制御している。このことがCH間の協調作用を醸し出す原因である。

以上の実験結果から、傾斜温度制御法によって目標値応答と外乱応答ともに約43%の温度収束時間の短縮できることが実験検証された。また、あらかじめ期待していた通りの挙動を示すことを実験でも確認し傾斜温度制御法の有効性が定性的にも認識できた。

6.むすび

本テーマでは、熱干渉のある7点の制御対象を試作し、傾斜温度制御法を適用する実験を行った。その結果、傾斜温度制御法は、従来制御法と比べ過渡的温度均一性を大きく改善する効果があることが実機検証された。均一性の改善の程度は、試作した制御対象を使って温度差収束時間で約43%の低減である。

本手法は、特定のアプリケーションに限定したものではない。すなわち、傾斜温度制御法は工業用、民生用を問わず多点の温度制御を行う様々なアプリケーションの面内及び線上の温度の均一性改善が可能である。また本手法は、外乱時の温度乱れ、起動時や目標値変更時などの温度乱れが問題になっている場合に非常に有効な方法と考える。

今後、各種アプリケーションへの応用を試み、効果を確認できた業界から順に温度調節器への搭載を検討し実用化していく予定である。また、温度プロファイル維持機能を応用したアプリケーションも探して行く予定である。

なお本テーマは、熊本大学教授川路茂保先生に「傾斜温度制御法」の命名及びご助言をいただきました。感謝の意を表します。

7.参考文献

  • 南野郁夫ほか:“傾斜温度制御法の過渡的均一性能:実験的検証”、SICE2000、飯塚、104D-4(2000)
  • 南野郁夫ほか:“熱干渉系に対する傾斜温度制御法”、SICE99、盛岡、723/724(1999)
  • 須田信英:“PID制御”、朝倉書店(1992)

執筆者紹介

南野 郁夫 Ikuo Nanno

産機コンポ統括事業部第2開発室、 1982年広島大学工学部Ⅱ類電子物性工学科卒業、 1991年入社、専門:制御工学、 “発電効率UPのための逆流防止リレーの開発”(日本太陽エネルギー学会、1993年研究発表会)、“逆流防止リレー(ソーラ・リレー)の開発”(OMRON TECHNICS, Vol.34, No.3(1994))、“逆流防止リレーの信頼性評価”(日本太陽エネルギー学会、1994年研究発表会)、“逆流防止リレーを応用した小型ソーラー充電器の開発”(日本太陽エネルギー学会、1997年研究発表会)、“熱干渉系に対する傾斜温度制御法”(計測自動制御学会、SICE99)、“傾斜温度制御法の過渡的均一性能:実験的検証”(SICE2000)などの論文を発表、計測自動制御学会会員

安藤 功策 Kosaku Ando

産機コンポ統括事業部第2開発室、
1989年横浜国立大学工学部物質工学科安全工学大講座博士過程前期修了、
同年入社、専門:ハードウェア

田中 政仁 Masahito Tanaka

産機コンポ統括事業部第2開発室、
1998年熊本大学大学院工学部電気情報工学科修士過程修了、
同年入社、専門:制御工学、
“改良型ファジィID3アルゴリズムと制御知識獲得への適用”(SICE kyusyu 1998)などの論文を発表、システム制御情報学会会員

成松 聖也 Seiya Narimatsu

産機コンポ統括事業部第2開発室、
1997年九州工業大学工学部電気工学科卒業、
同年入社、専門:ハードウェア